変わらずあることの幸せ

原稿を延々と書きながら日付が変わり、年齢をひとつ重ねた。終わらぬ仕事を抱えたまま迎える誕生日か、とも思ったが、「書く原稿がいつもある」ということは幸せなことなんじゃないか、と思い直す。

子どもは「勝利」をプレゼントしようとしてくれていたけれど、残念ながらそれはかなわず。でも、そんな言葉をくれたことそれ自体が贈り物になってるんだよ、と心のなかでそっとつぶやく。いてくれて、ありがとう。

『デザインのひきだし』の編集に参加しています

しばらくこちらを更新していなかった間の仕事をいくつか。
大きなところでは、6月に発売された『デザインのひきだし』13号から、編集に参加しています。これまでライターとして連載や取材記事など担当してきましたが、編集への参加ということで、特集のリサーチからがっつりと。とはいえ、『ひきだし』の内容はかなり専門的、わからないことだらけで右往左往しながら、なんとか13号、そして今週発売になった14号の制作を終えました。

デザインのひきだし13
『デザインのひきだし13』では、いつもの連載企画「名工の肖像」「もじ部」のほか、特集ではあちこちの印刷会社をまわり、青焼きやピンクマスターなどの現場を見せていただきました。画家の牧野伊三夫さん、デザイナーの西島秀慎さん、横須賀 拓さん、日本システム印刷の武田美津子さんによるピンクマスター座談会も担当。巻末取材では平野甲賀さん×大原大次郎さんのタイポグラフィ対談を担当しました。現場取材も座談会も、とても楽しかった……!

連載企画「名工の肖像」では、特種東海製紙でファンシーペーパーの開発に携わってこられた杉本友太郎さんを訪ね、岐阜工場に行ってきました。「もじ部」はお待ちかね、鳥海修さん編の後編。最近一番の自信作というかな書体「文麗仮名」について詳しく語っていただきました!

デザインのひきだし14
そして2011年10月発売、つまりできたてほやほやの『デザインのひきだし14』、特集は「貼る・写す・塗る ピカピカもしっとりも特殊効果もおてのもの! 表面加工A to Z」。印刷加工会社はもちろん、フィルムやニスのメーカーまで幅広く取材。

表面加工特集、正直、知識不足の私には、最初はなかなか理解できず、むずかしかったです。でも、「デザインのひきだし」ロゴのオリジナルホロフィルムをつくったり、LCコートや高精細疑似エンボス「ブリオコート」のトライアルをしたり、楽しかった……!(LCコートのトライアルは横須賀拓さん、ブリオコートはコズフィッシュから独立された吉岡秀典さんにお願いしました)

フィルムひとつとっても、PP、PET、ナイロンと、素材によって光沢度や特徴が異なるんですね。勉強になりました。
今回も綴じ込み実物サンプルぎっしりです!

連載企画「もじ部」ではタイプバンクの高田裕美さんが登場! UDフォントや学参フォントの興味深いお話をたっぷりとしてくださいました!
名工の肖像」は特色インキ調色師の千田宗雄さん(印材舎)。インキ工場はインキを練る機械や検査する機械、ずらりとならんだインキ缶などそそるものだらけ。とても面白かったです。ぜひご覧ください!

だれもが呼んだことのある名前

ある分野のだれもがきっと名前を呼んだことはあるけれど、顔は知らない、そんな人に取材できることになった。いまからとても楽しみ。

筆を下ろすまでは、果たして書けるのだろうかと不安でたまらなかった原稿。無理にでも書き進めて、ようやく不安が払拭された。あともうひとがんばり。

悲しい知らせと、うれしい知らせと。

スティーブ・ジョブズの訃報で幕を明けた朝。印刷会社に入ったころは、ちょうど写植からDTPへの移行期。会社にはすでに数台、Macが導入されていた。最初はもっぱら手書きで写植指定をしていたが、ほどなくしてMacも併用するように。それからずっとMac。信者というほど熱い気持ちではないと思っていたから、ジョブズが亡くなってこんなにショックを受け、悲しいと感じる自分に驚く。私に訃報を伝えてくれたのは、手のなかのiPhone。「会ったこともないのに、この人がいなかったら違う人生だった、と思わせてくれる人はそういない」。友だちがそう書いていた。本当に、そう思う。ありがとうございました。

申請中だった電子書籍「言葉のデザイン2010 オンスクリーン・タイポグラフィを考える」for iPadが、無事公開されたとの知らせ。手探りしながらつくりあげた本。とてもうれしい。

初めての場所で、ひさびさの人に会った。気がつけば、けっこうな年月が過ぎている。

はじまりはいつも暗中模索

某誌特集のリサーチを始める。はじまりはいつも暗中模索。これでは無理かなと思った検索ワードで狙いどおりのものが見つかる、そんな些細なことにも喜びがある。

なかなか着手できない原稿。草稿を見つめるも、具体的なイメージが降りてこない。もっと深く潜らなければいけない。

「活字地金彫刻師 清水金之助の本」完成記念実演会を開催します。

清水金之助さん(89歳)の活字地金彫り実演会を行いま​す。

日時:2011年7月17日(日)13:00 - 17:00(13:30以降にお越しいただくとよいかもしれません)
場所:大田文化の森 4F(東京都大田区中央二丁目10番1号)

活字地金彫(活字直彫、種字彫刻)とは、活版印刷で使わ​れる活字のもととなる母型(凹型)を作るための、さらに​もととなる種字(父型)を、鉛と錫の合金である活字材に​原寸・左右逆字でじかに凸刻していく技術のことです。新​聞などに使用される大きさのわずか数ミリ四方の小さな活​字材に、下書きもなくまたたくまに美しい文字を彫り上げ​るさまは、まさに神業。人の手がこれほどの仕事をできる​のかと驚くばかりですが、昭和30年代(1950年代後​半)にベントン母型彫刻機という機械による母型彫刻が普​及するまでは、こうした種字職人が活字を生み出していた​のです。

すでに種字からの母型製作は途絶えて久しく、直彫りを行​える職人さんも、ごくわずかしか残っていません。現代の​私たちからは想像もつかない神業を見ることができる、貴​重な機会です。ぜひ、みなさまお誘い合わせのうえ、お越​しいただければ幸いです。

※刊行基金にご協力いただいた方で、ご来場いただける方​には、このときに本をお渡ししたいと思っています。また​、本を申し込んでいない方にも、ぜひ実演にいらしていた​だければと思います。ぜひ、周りの方々に広くお伝えくだ​さい。

※入場無料、時間内出入り自由です。

大田文化の森 アクセスマップ

Twitterハッシュタグ #kinnosuke
活字地金彫刻師 清水金之助の本をつくる会ブログ

焦土の中に萌えいずる緑

ふと書棚に目をやると、ずいぶん前に読みかけになっていた寺田寅彦の『柿の種』が目にとまった。手に取り開いた頁に書かれていたのがこの文章だった。

 震災の火事の焼け跡の煙がまだ消えやらぬころ、黒焦げになった樹の幹に鉛丹(えんたん)色のかびのようなものが生え始めて、それが驚くべき速度で繁殖した。
 樹という樹に生え広がって行った。
 そうして、その丹色(にいろ)が、焔にあぶられた電車の架空線の電柱の赤さびの色や、焼け跡一面に散らばった煉瓦や、焼けた瓦の赤い色と映え合っていた。
 道ばたに捨てられた握り飯にまでも、一面にこの赤かびが繁殖していた。
 そうして、これが、あらゆる生命を焼き尽くされたと思われる焦土の上に、早くも盛り返して来る新しい生命の胚芽の先駆者であった。
 三、四日たつと、焼けた芝生はもう青くなり、しゅろ竹や蘇鉄が芽を吹き、銀杏も細い若葉を吹き出した。
 藤や桜は返り花をつけて、九月の末に春が帰って来た。
 焦土の中に萌えいずる緑はうれしかった。
 崩れ落ちた工場の廃墟に咲き出た、名も知らぬ雑草の花を見た時には思わず涙が出た。
(大正十二年十一月、渋柿)

寺田寅彦『柿の種』岩波文庫、1996.04 P.68-69

本に呼ばれたのかもしれない。

いまは一日もはやく春の帰ってくることを、心から願う。