文字百景マラソン001 石のエリクチュールをたずねて

文字百景001号は戸狩淳二「石のエリクチュールをたずねて」。“エリクチュール”とは「筆跡・表現法」のこと。戸狩氏が石に刻まれた文字に興味をもつきっかけとなった、建築家アドルフ・ロース(1870-1933)の墓標との出会いをみずみずしく記している。読み進めながら、戸狩氏の墓標に刻まれた文字のたたずまいを表現する言葉の豊富さに舌を巻く。いわく、

(略)鍵は刻まれた文字の書風と、大きさ、その位置にあるようです。これらの文字は朝顔の大輪の花のようにふっくらと膨らみ、優雅な円弧を強調しています。DやOのCounterは撥ちきれんばかりに膨らんで、AのCrossbarは下部に押し下げられ、上部のCounterは明るく伸びやかです。Sのカーブはもっと特徴的で……(略)

戸狩淳二『石のエリクチュールをたずねて』(文字百景001,朗文堂,1995.06,P.03)

という具合。まさに、片塩氏の言葉どおり「書物と活字の周辺を風景のようにとらえ」*1、読む人がその風景のなかに身を置いているかのような気持ちにさせる。そして後に現れる墓標の写真に、わたしはまるで実物を前にし手で触れているかのような錯覚を抱きながら、刻まれた文字を眼でなぞった。書中に引かれているロースの言葉を思いながら。

(略)文化の進歩とは日常使用するものから装飾を除くということと同義である。……我々の時代には、新しい形の装飾が生み出されないことこそ、我々が偉大なることの証なのではないか。我々は装飾を克服したのであり、装飾がなくとも生きていけるようになったのである。

アドルフ・ロース『装飾と罪悪』伊藤哲夫訳,鹿島出版会