佐藤修悦『ガムテープで文字を書こう』

駅の工事現場から生まれた文字

佐藤修悦さんが本を出されたと知り、早速手に入れた。本のタイトルは、『ガムテープで文字を書こう』。「修悦体」で組まれたタイトル文字を表紙に見て、思わず顔がほころぶ。

ガムテープで文字を書こう! ―話題の新書体「修悦体」をマスターして

ガムテープで文字を書こう! ―話題の新書体「修悦体」をマスターして

修悦体」をご存じだろうか? ネットでとても話題になった書体だから、いまさら解説はいらないかもしれない。でも、あえて簡単に説明すると、それは駅の工事現場から生まれたガムテープ文字だ。2003年、JR新宿駅の改修工事現場で乗客の誘導業務を行なっていた警備員の佐藤修悦さんが、迷路のようになった駅構内で多くのお客さんが道に迷い困っているのを見て案内標識を作ることを思いついた。そうして佐藤さんはガムテープを手に取り、次々と文字を創り出していった、というわけだ。

ガムテープをちぎって作るため、線に微妙な素朴さがある。カクカクとしているようで、角の部分にはアール(丸み)をもたせた独特なフォルムのその文字は、作者の佐藤さんの名前をとり、「修悦体」と呼ばれるようになった。

初めて佐藤さんの文字を見たのは、ネットでこの動画が話題になっていた時だった。

(後編)動画の最終部分で「佐藤さんはその後、異動されて担当駅が変わり、現在は別の方によってガムテープの道案内製作が引き継がれている」と知り、なんともさみしい気持ちになった。ところが直後に「特報」が現れて、鳥肌が立ったものだった。ああ、まだまだ修悦体を見れるんだ!って。

修悦体についてはここに詳しい。 http://trio4.at.infoseek.co.jp/life/index.html

「共通の線」を見出す佐藤さんのすごさ

さて、『ガムテープで文字を書こう』である。

この本では、ふんだんに写真を用い、佐藤さんがいかにして修悦体の文字をつくっているのかが、ていねいにわかりやすく解説される。修悦体のイメージに違わないポップな誌面デザインで、ながめているだけでかなり楽しい。

必要な道具、基本テクニックの解説の後は、「これを見ればカンタンに作れる 修悦体設計図」として、「売り上げアップ」「おたんじょうびおめでとう」「運動会」など実際に使えそうな文面の作り方が解説されている。見ているとウズウズとやってみたい気持ちがわいてくる。

それにしても、修悦体の作られ方を見て驚いたのは、この書体が優れたグリッド(方眼、格子状)デザインに基づいているということ。まず文字ごとに枠を作り、さらには作る文字のなかに共通の線(横組なら横線、縦組なら縦線)を見つけていく。この、「共通の線」を見出す眼というのが佐藤さんのすごさだとつくづく感じた。文字の構造を見抜く眼と、絶妙なバランス感覚。なかなかこうはいかない。

さらに感動するのは、そうしてでき上がった文字にやわらかさを加えるために、角に丸みをつけていること。外側から切り取ったガムテープの一部を、内側のアールに当てて仕上げていく。なんという細やかな心づかいが施されているんだろう!

最後の「あとがき」の文章の横に、佐藤さんの肉筆原稿の写真が掲載されているのだが、この文字がまさに「修悦体」で、またまた感動。独特に見えるあのフォルムは、佐藤さんのなかに息づいていて、自然に生まれてきた形なんだ……!

佐藤さんのお人柄があらわれている「あとがき」の文章を読むと、心がほっこりあたたかくなる。

(略) この本をご覧になって下さった方々が、会社や学校・商店街や自治会・サークルや家庭等自分以外の誰かの為に心をこめてガムテープ文字を作り、それを見た人達から「フッ」と笑顔がこぼれてくれたら……と勝手に思っています。会社の歓送迎会の看板に、学校の文化祭・運動会の案内板に、セールやバザーのプレートに、我が子のお誕生会に、あらゆる人生の一コマに、心をこめて作ったガムテープ文字の修悦体が、ちょっとハニカミながら存在してくれたら嬉しいなと思っています。うまく作れなかったとしても、心がこもっている事が大切なんです。それが修悦体の原点なんですから。(略)

佐藤修悦『ガムテープで文字を書こう! ―話題の新書体「修悦体」をマスターして世界文化社,2009.4,P.94)

「フッ」と笑顔がこぼれる文字。それが「修悦体」なのだ。

実に楽しい一冊だった。