文字は語る「永原康史さんに聞く デジタルフォントがもたらす楽しみ」


取材・執筆を担当している月刊DTPWORLDの連載企画「文字は語る」、2008年7月号*1ではグラフィックデザイナー永原康史さんに「デジタルフォントがもたらしてくれる新たな文字の楽しみ」について語っていただきました。

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日本語のデザイン』という本があります。1990年から電子メディアのプロデュースや制作を手がけ、本阿弥光悦マルチメディア展示プロジェクト秀英体展示室といった展覧会、展示のアートディレクションにも携わってきた永原康史さんの著書です。

デザイン作業にコンピューターが使われ始めた90年代後半、だれでも簡単にタイポグラフィの業務に携われるようになったことによる文字組みの質の低下への危惧から、改めて日本語組版のルールを作ろうという機運が生まれました。そういった時期に永原さんが取り組んでいたのは、偶然にもデジタルメディアで日本美術を再考するようなプロジェクトばかりだったそうです。さらに同時期、和英併記の仕事が増え、あるところで行き詰まりを感じたといいます。

(英語は)自分の言葉ではないのでどうすればいいのかわからなくなったのだ。つまりマニュアル通りに扱えて、及第点はとれるようになったのだが、そこからさらにつっこんでデザインしたいときにどうにもならないのである。文字ではなく言葉をデザインしなくてはならないという単純なことに気づいたとき、門前の小僧で覚えた日本美術の文字表現がやにわに気になりはじめた。
(永原康史日本語のデザイン』美術出版社,2002.4.5 P.6)

そこで永原さんは「日本語をデザインするためのパズルのピース」を集めはじめました。集めたピースを時系列に整理してまとめたのがこの『日本語のデザイン』です。

 自分たちの言葉は単純に日本語だと考えているが、私たちはつい百年前の文字も読むことができない。いま、基本だといわれている文字組みは、あの美しい日本の文字のかたちからはるかに遠い。
 ベタ組は、(本文で詳しく述べるが)情報の大量生産大量消費のための組版システムである。組版をデザインの問題として考えるなら、基本としてのベタ組はすでに役割を終えて再検討されるべき時に入っている。今は、より多くの人に同じ情報を送ることを目的とする時代ではなく、情報を手渡したい相手に確実に届く方法を模索している時代である。きっとこれからは、基本を持たない組版システムを考案すべきなのだろう。しかし、目の前の文字は組まなくてはならない。コンピュータにフォントを仕込んだ私たちには、印字オペレータの救いの手は伸びてこないのだ。さて、どうしよう。とりあえず、自分たちの言葉とその文字表現を知るところからはじめてみよう。自分たちの言葉、日本語をデザインするのだから。この本は、そんなことを考えたグラフィックデザイナーの思考の跡である。
(永原康史日本語のデザイン』美術出版社,2002.4.5 P.6-7)

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永原さんはこの本の冒頭で、

メディアがパーソナルになったときにそのメディアなりの表現が生まれてくる、というのが私の持論だが、パーソナルになった活字にもまた、活字にしかできない新しい表現を生む可能性がある。
(永原康史日本語のデザイン』美術出版社,2002.4.5 P.6)

と書いていました。そんな永原さんに、「デジタルフォントというパーソナルな活字」にしかできない新しい表現や、それがもたらしてくれる「文字の楽しさ」についてぜひ聞いてみたいと思っていたのです。それが、「文字は語る」今回の取材の趣旨になりました。

「文字は語る」の取材では、「文字」という限定されたテーマでいろいろな方にお話を伺い続けているにも関わらず、毎回「新たな視点」をいただいて唸ってしまいます。今回も唸ることしきり。文字について徹底的に、突き詰めて考えた経験を持つ永原さんのお話はとにかく面白かったです。よかったらぜひご覧ください。

【関連サイト】
*永原康史事務所 The Nagahara Office Inc.
*永原さんの連載 文字を組む方法 | 文字の手帖 | 株式会社モリサワ

日本語のデザイン (新デザインガイド)

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