活字鋳造見学体験会

かれこれ半年も前になってしまいましたが、以前、築地活字の活字鋳造見学体験会に参加しました。記事を埋もれさせておくのももったいないので、以下に公開します(以下、2007年11月に書いた文章です)。

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2007年11月17(土)、横浜市築地活字主催の「活字鋳造見学体験会」に行ってきました。活版印刷に用いられる活字を自家製造している現場にお邪魔して、活字はどのように鋳造されているのかを説明していただきながら、ぜいたくにも鋳造体験までさせてもらえるという催しです。

初めて降りる駅、地図を片手に「ここかな…?」とたどりついた場所でうろうろしていたら、「見学会の方ですか?」と声をかけられました。代表の平工希一さんでした。「どうぞどうぞ」と案内されて、建物のなかに一歩足を踏み入れれば、所狭しと置かれた棚にずらりと並んだ活字たち。

▲これが全部、活字です。

奥の部屋に鋳造機が置かれていました。機械のまわりには、活字のもとになる「母型」が収められた母型箪笥がたくさん。

鋳造機のすぐ脇にも、よく使う母型が収められたひきだしが。とにかく至るスペースを利用して、たくさんの母型が収納され、きれいに整列して、出番が来るのを待っています。

母型とは、活字の字面部分のもとになる凹型の原型のこと。
その製造方法には「パンチ式」「電胎法(電鋳法)」「彫刻法」の3種類があるそうです。

「パンチ」母型は活字と同じ凸型の父型を母型材に直接打ち込んで、母型を量産する方法。主に文字数や画数の少ない欧文活字で用いられるのだとか。文字に深さがなく、安くできるので、「とりあえず」用に使われたりもするそうです。主に印刷屋さんで使用しているとのこと。

「電胎(電鋳)」母型は、種字からメッキの技術で型取りした字面の型(ガラハ、ガラ版)を真鍮の角材(マテ材)にはめ込んで作るそうです。ガラハとマテ材の金属の色が違うため、はめこんでいることがひと目でわかり、これが電胎母型と他の製造法の母型とを見分けるひとつの目安になるのだとか。

「彫刻法」の母型は、大きめに制作された文字のパターンを、ベントン彫刻機という機械を用い、パントグラフ*1の原理で各活字のサイズに縮小しながらマテ材に直接彫ったものとのこと。

築地活字ではベントン彫刻機による電胎母型を使用しているそうです。

早速、鋳造機を動かして見せてくれました。

活字が次々と出てきます。一瞬のうちに出来上がってくるので、何が起きているのやら、すぐそばで見ていてもわかりません。

活字は、活字地金(鉛・アンチモン・錫を配合)から製造します。鉛だけだと柔らかすぎて活字にならないため、硬くするためにアンチモンを入れ、艶を出し高貴に見せるために錫を少し配合しているのだとか(錫にも硬くする性質があるようです)。型押しで製本屋さんが使用するスーパー活字やタイプ活字のような、より硬い活字には、鉛ではなく亜鉛を使用するそうです。

活字地金を鋳造機上部後方にある釜に入れ、ガスまたは電熱で40〜60分くらい溶かして、温度が350〜400℃になると、活字の鋳造に取りかかれます。まず、鋳造機のスイッチであるレバーを右に倒し、機械を動かします。次に、母型がはめこまれている部分が鋳口に当たるタイミングに合わせて左側にあるレバーを上げると、鋳口から出てきた鉛の液体に前面の母型が当たり、瞬時に活字ができ上がってきます。鋳口から出てきた鉛の液体は、母型に当たる手前の部分で水道水で冷やされるようになっており、そのため、まるで魔法のように一瞬にして地金が固まるのだそうです。

▲釜のなかで溶かされている活字地金。釜の温度は350〜400℃。



▲溶かされる前の活字地金の塊(インゴット)。玄関にたくさん積み上げられていました。


▲機械のスイッチを入れた後、左手にあるレバーを上げると、鉛の液体が出て来る鋳口に前面にある母型が当たります(写真はレバーを下げて鋳造を終えるところですね)。



▲次々と活字ができてきました。


▲完成した活字たち。

機械はモーターで動かしているそうです。
大きい活字は固まるまでに時間がかかるため機械の回転を遅くし、小さい活字は速くするとのこと。

「鋳型」とは母型をセットし、活字のボディ部分の型となる部分のこと。スライド式になっており、鋳込む活字の横幅にあわせて調整が可能になっているそう。ただし横幅は変えられても文字の上下の高さは変えられないため、鋳込む活字の大きさによって鋳型を変える必要があるそうです。


▲機械の細かな調整がひとめでわかるようにと職人さんが書き込んだメモ。


▲左側にあるゲージで活字の高さ*2を確認します。0.01mm単位で測れるのだとか。

築地活字では、主に八光自動活字製造機で昭和40〜45年頃に製造された機械をいまでも大切に使っているそうです。この会社はいまはもうないそうなので、壊れたら大変!なのです。


ほかに1台だけ林栄(りんえい)活字鋳造機があります。林栄型は加藤顕次郎・物部延太郎両氏の設計で林栄社から大正15年秋に売り出され、八光型はもともと林栄社の工場長だった津田藤吉氏が八光に移籍して林栄型の改良型を設計し、昭和23年4月に売り出したものだそうです。

鋳造された活字には、最初しっぽ(贅片、ジェット)がついています。しっぽは機械の工程のなかで切り取られ、再び釜に戻して溶解されます。しっぽが取り除かれた活字のおしり部分は活字の高さが一定になるように削られ、その削られた溝の部分が「ゲタ」になるのだとか。

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説明してくれたのは、築地活字の職人さん・大松初行さんでした。
ひとしきり説明を終えたら、「じゃあ、やってみていいよ」。
参加者(全部で4人。女性ばかり)は「えっ?!どど、どうすれば?」と要領がわからずキョロキョロ。
最初の方がおそるおそる機械のスイッチを押し、大松さんに「はい、ここ!」と声をかけられた瞬間にレバーを上げて母型を押し当てるのを見てタイミングをはかり、その後、ひとりひとり、鋳造をやらせてもらいました。それも、それぞれ自分の名前のなかの一文字を鋳造させてくれるという、うれしい心配り。わたしたちが来る前に大松さんがそれぞれの名前の文字を一文字を除いてすでに鋳造してくださっていて、自分で鋳造した活字を加えるとフルネームのでき上がり、なのです。感激!


▲でき上がりました〜!
自分で鋳造させてもらったのは「朱」の文字。名前が3文字でほかの方より短かったので、ちょっと悔しかった(笑)。築地活字のオリジナル書体、宋朝体。素敵です。文字の横幅が狭いのが特徴。

その後、「寿」の文字も鋳造させてもらって、これもお土産に。「楽しかった? 役に立った? せっかく来てもらったから、少しでも楽しんでもらいたい」と大松さんがしきりに言ってくださったのが印象的でした。

鋳造体験の後は、ずらりと並ぶ活字の棚を見学しながら、平工さんから活字にまつわるお話をいろいろと伺いました。

▲組まれた活字。

なんでも昨年(2006年)くらいまで、とにかく活字の仕事が減ってしまい、工場を閉めることも考えていたのだそうです。しかし活字の文化を絶やしてはいけないと決意した平工さんは、築地活字のサイトを開きました。
そして活字鋳造見学会を開いたところ、メディアの取材が相次ぎ(すでにテレビに2回出演されているそうです)、見学会にも申し込みが殺到するようになったのだそうです。

同じように「活版工房」というイベントをスタートさせた中村活字や弘陽も注目を集め、取材が相次いで注文につながっているけれど、「それだけじゃダメなんです」と平工さんはおっしゃっていました。
「町の活版印刷屋さんに仕事が来なければ、活版印刷は衰退する一方になってしまう。みなさん、活版印刷をやりたいけれど頼めるところがないとおっしゃいますが、あるんです。けれど活版印刷をやっているところはみんな高齢化してきていて、情報発信の手段がわからないんですよ」

世田谷でも5月に活版再生展というイベントが催されて、同区内の活版印刷所の存在を知りました。しかし、町の印刷屋さんに仕事を頼むという形態自体が、いまやなくなってきてますものね。

今年(2007年)の5月末に、日本を代表する活字大手イワタが工場を閉めました。それはとてもショックな出来事だったけれども、一方で朗文堂のアダナプレス倶楽部活版再生展から生まれたオールライト工房など、新しい芽が吹きはじめています。活版が新たな道を見いだし、根づいていくといいなと心から思います。わたしももっと活版のことを知りたい。

工場の隅に転がっていた「印刷会社から譲り受けた、不要になった活字」のなかに「謹賀新年」の文字をめざとく見つけ、いただいてきました。

うれしい〜。年賀状に使おうかな?

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築地活字さんは2008年はじめに移転し、いまは新しい場所で、再び活字鋳造見学会を行なっています。築地活字サイトの催し物のページに随時情報がアップされるので、興味のある方はぜひチェックしてみてください。

【参考サイト】
アダナ・プレス倶楽部 コラム 小池林平と活字鋳造 http://robundo.com/adana/news_feature/feature_p01.html
アダナ・プレス倶楽部 活版用語集 http://www.robundo.com/adana/glossary_index.html