「障子から見た日韓住宅の比較」

10日(土)、昭和のくらし博物館の土曜夜間講座「小泉和子が語る家具の歴史 障子の桟から見た日韓住宅の比較」を聞きに行ってきた。

家具史室内意匠史研究の第一人者である小泉館長の最新の研究をわかりやすくお話しする土曜講座です。今回のテーマは、各方面で関心が高まるおとなり韓国のすまいと歴史について。日本との違いを“障子の桟”から読み解きます。

http://www.digitalium.co.jp/showa/slhm04.html

講座は、「日本の障子の桟は内側(室内側)についていますが、韓国(中国も)は外側です。なぜでしょう?」という問いかけから始まった。韓国の人が日本の住宅を見ると、「どうして日本は障子を裏返しに入れてるの?」とよく聞かれるのだそうだ。素朴とも言えるそんな一つの問いかけへの回答を探すために、考察は障子の成立、そして日本の住宅様式の変遷にさかのぼって行われる。寝殿造とはどのような住宅で、いつどうして成立したのか、それがなぜ改造されていったのか。やがて書院造へと移り変わっていく過程。

そのような考察を経て、

日本の障子はもともと住居の中で暮らすための装置として考えられ、発展したものだから、桟が内向きについている。しかし中国式規範に則る韓国の住居は、外からの視線を重視して作られた。だから、桟は外向きについている。

という結論が導きだされる。

武士が権力を掌握した17世紀、武家住宅として成立した書院造では、門と玄関だけを立派に作り、それ以外の住居外観はきわめて簡素なものだった。それは、門、玄関を経て中に入ってしまえば、住居の外は見ることがなかったからだ。一方で、住居の「内なる宇宙」を作り上げることに腐心した。韓国の住宅はもともと玄関がなく、どこから入ってもよいつくりなのだという。だからこそ、外観が重視されたのだろう。

「障子の桟がどちら向きについているか」
些細に思えるそんな一つの問いから、日韓の住まいの違いのみならず、それぞれの社会がどのような歴史的変遷をしてきたのか、そのことが住宅やくらしにどのように反映されているかが浮き彫りにされる。

改めて、「問いを立てる」ことの大切さと、ユニークな着眼点の力というものを目の当たりにした。