「科学の料理の仕方 〜メディアの仕掛人が教える科学の特別レシピ〜」を聞いてきた。

11月20日(土)、サイエンスアゴラ2010の一イベント「科学の料理の仕方 〜メディアの仕掛人が教える科学の特別レシピ〜」を聞きに行ってきた。

科学を伝達するメディアをプロデュースする仕掛け人やその他の伝え方のプロが、科学が受け手に「伝わる」ために行っている様々な工夫や考え方、相手の心をどうつかむかの手法をディスカッションするトークイベントです。

http://www.scienceagora.org/scienceagora/agora2010/program/show/B47

パネリストは下記のとおり。

パネリスト
 井上智広氏(NHK 科学・環境番組部専任ディレクター)
 樋江井彰敏氏 (TBS 飛び出せ!科学くん」担当プロデューサー)
 菅本裕久氏(静岡新聞社「静岡かがく特捜隊」担当)
 湯本博文氏(学研 科学創造研究所所長)
ファシリテーター
 内田麻理香氏(カソウケン、サイエンスコミュニケーター)

いずれも魅力的なコンテンツを生み出している方々が「伝える」ことについて語るトークセッション。分野は違えど「伝える」ことを仕事をにしている者として、これはおもしろそう、と申し込んだという次第だ。トークでは、まずパネリストそれぞれの仕事が紹介され、そして内田さんの進行により、科学が伝わるために大切なことについて議論が交わされた。

「わかりやすいか」より「わかりたくなるか」

まずNHKのディレクター井上氏の最近の仕事としてNHKスペシャル「MEGAQUAKE 巨大地震」の冒頭が流れた。ひとたび起これば、世界の都市に破滅的な被害をもたらす巨大地震。その様子をCGを駆使してリアルに、重く描きだす。次に流れた映像はとあるバーのカウンター。作家である男性が地震をモチーフにした作品の構想を女性に話す、その様子を見ながら西村雅彦扮するバーテンダーが心のなかでちゃかし続ける。冒頭とは一転してコミカルなドラマ仕立て。井上氏はそれを「違和感に伝えたいことの本質を込めた」と語る。

「巨大地震のような起きてもいないことを真剣に見る気にはならない。それを突きつけられた視聴者の感覚をドラマとしてはさみながら、ハードボイルドな科学的探求を進めていった」

ためしてガッテン」の番組制作に5年間たずさわった井上氏は、その時に学んだことが自分の番組づくりの原点になっているのだという。「ためしてガッテン」高視聴率の秘訣は「知りたくなること・楽しいこと・意外性のあること=脳を喜ばせるスパイス」。「楽しさ・驚き・喜び・感動」が「脳をやる気にさせる栄養素なのだという。「『わかりやすいか』より『わかりたくなるか』。メディアとして、わかりやすく語るのは前提条件に過ぎない。『この先を知りたい』と思いたくなる番組づくりを心がけている」

「番組は突っ込まれてナンボと思っている。突っ込みたくなるような番組にしたい」という言葉にプロフェッショナリズムを垣間みた。

プロセスも科学

TBSで「飛び出せ! 科学くん」を制作している樋江井氏は、風船カメラで成層圏の撮影に成功したというVTRを流しながら、「プロセスも科学じゃないか」という話。発端は「スペースシャトルの窓から見えている風景を、自分たちで撮影することはできないか」ということ。

今回の科学くんは緊急特別企画!!宇宙から地球を撮影する! 巨大風船に小型ハイビジョンカメラを装着! 遥か上空30000メートルまで打ち上げ、青き地球の全貌を動画で撮影するという壮大なプロジェクト! 海上に落下したカメラ!決死の回収作業! 構想3年?制作費ゴールデン並み!苦難の果てに、宇宙から生還したカメラには とんでもない映像が映っていた! ハイビジョンカメラではなんと世界初映像! やっぱり地球は青かった

最初は無謀じゃないかと思えた企画を、協力者を得て実行に移し、成功に至るまでのプロセスから放映したようだ。
「人間の脳はまわりにあるものを何でも知りたいと思うものだという。ものを調べてものを知ろうとするという、人間がこれまで行なってきたプロセスを視聴者に疑似体験してもらうことによって『知りたい』という本能に訴えかけている」。結果だけを伝えるのではなく、失敗に終わったら「失敗しました」とプロセスから伝えることで、視聴者の共感を得るおもしろい番組になっている。

こどもの「?」を「!」に変える

静岡新聞社の菅本氏は、静岡新聞に月に2回折り込まれる「こども科学しんぶん」を担当。毎回「指令」を出し、それに対して回答を寄せてくれたこどものところに取材に行き、紙面をつくる。これも「科学くん」と同じく、プロセスを紹介することで「?」から「!」への変化を読者と共有する。子どもと一緒に写真にうつっている両親がとても楽しそうな顔をしているのを見て、「大人も前のめりになって実験をしている姿が印象的。プロセスを伝えてもらえると、忘れていた『?』を思い出しますね」と内田さん。

自分が欲しいものをつくる

そして最後に、学研の湯本氏は、残念ながら今年の春に休刊となってしまった『学研の科学』、また現在は『大人の科学』の付録を開発している。『科学』はピーク時の1979年で670万部つくり620万部売れていたのだそうだ。自身も『科学』の付録にわくわくした経験から、それをつくる人になりたいと学研に入社した。「自分が感動したい。自分が欲しいものをつくる」がモットーだという。

「人は、よくわかると感心する。しくみを目で見て理解できると、脳が喜ぶ」と、紙コップの蓄音機で実演してくれた。紙コップに向かって話すと、コップの底が震え、その震動が取り付けられた針に伝わる。針は波形のキズを、針先に当たるよう設置されたプラスチックのコップにつけていく。そのキズを針でなぞると、見事再生されるというしくみ。思った以上にクリアに録音されていて、会場がわいた。まさに「脳が喜ぶ」ことを実感した実演だった。「百聞は実験にしかず」とは湯本氏の言。

初期衝動の大切さ

4人のお話に共通していたのは、「自分が欲しいから、作る。自分の見たいものを見に行く。自分の知りたいことを調べる。そしてその過程をともに楽しんでもらう」ということだった。

たとえば井上氏は、「自分が知りたくないことを、人に知って欲しいと思わない。だから自分の知りたいことをテーマにする。ただしマニアックすぎると共感が得られないので、みんなもそうじゃないかな、と思えることをテーマに選ぶようにしている」という。以前は「どうぶつ奇想天外」を担当していたという樋江井氏も、「ホッキョクグマを見てみたい、あの動物に会ってみたい……、自己中心的かもしれないが、そういう思いを発端に番組をつくっている」。子どものころの感覚に戻って番組づくりに取り組んでいるという。学研の湯本氏はまさにそれを地で行っている感じだ。

「伝える」というときに、つい大義名分を考えたり、必要以上に世間一般のことを考えてしまいがちだけれど、まずは「伝え手」が本当にそれを「知りたい、欲しい、見たい」と思っているか。それは決して自己中心的なのではなく、そうした強い思いがなければ、だれかの心を震わせることはむずかしいのではないか。さらに、同じ分野で仕事をし続けていると、反響を気にするあまり、はじめに抱いていた「知りたい、欲しい、見たい」という初期衝動を忘れてしまうことも多々あると思うが(私自身、何度か経験している)、そのピュアな思いを抱き続けていること、いつも初心に帰り続けられるということが、「伝える」という仕事をする人には大切なのではないか。

「自分が欲しいから、作る。自分が見たいものを見に行く。自分が知りたいことを調べに行く。それを視聴者(読者)と共有する。一緒に体験する。ともに楽しんでもらう」

そんな原点に改めて気づかせてもらったトークセッションだった。パネリストのみなさん、内田さん、ありがとうございました。