港千尋× 津田淳子トークセッション「文字の歴史と書物のいま」

9月28日にジュンク堂書店池袋本店で行なわれた写真家・港千尋さんと雑誌『デザインのひきだし』編集長・津田淳子さんのトークセッション「文字の歴史と書物のいま」に行ってきた。同店で現在開催されている「本と書棚の冒険」フェアの連動イベントだ。

港さんは、世界でもっとも古い印刷所のひとつであり、2006年に閉鎖されたパリ・フランス国立印刷所と、秀英体活字を伝える東京・大日本印刷を撮影した『文字の母たち Le Voyage Typographique』、近年の電子書籍への動きをめぐる考察をまとめた『書物の変―グーグルベルグの時代』などの著書を持つ。津田さんは、雑誌そのものが膨大な特殊印刷や紙のサンプル集となっている『デザインのひきだし』を創刊し、6月に発行された10号では「無くしてしまうのは惜しすぎる。 凸版・活版印刷でいくのだ!」という大特集を組んでいる。

文字と書物をこのうえなく愛するそんな2人のトークセッションは、本をつくることの楽しさがぞんぶんに伝わる、豊かな時間だった。

『デザインのひきだし』は毎号付録がたっぷりついているがゆえに、増刷することができない。1万部を早いもので半年、長くて1年ぐらいをかけて毎号ほぼ売り切っている。それだけでもすごいことなのに、凸版・活版印刷を組んだ10号は、発売後約2週間で版元であるグラフィック社の倉庫から消えたそうだ。

「凸版・活版印刷が“単なるブーム”ではない、ということではないだろうか」「『デザインのひきだし』には現場に行って、触って、作らないとわからない話が満載だ」と港さんは言う。

フランス国立印刷所を撮影した時のエピソードから、文字の歴史に思いを馳せ、『デザインのひきだし』の「凸版・活版印刷特集」の取材裏話などへ展開した後に港さんが発した言葉が印象的だった。

「この世界で、ネットで検索できるものは実は少ない。世界の9割は、インターネットとは関係のないところに存在する」

たとえば、『デザインのひきだし』10号に掲載されている全国の活版印刷所リストは、津田さんが電話帳などで「活版印刷所をやっているかもしれない」と当たりをつけた2,200軒に実際に電話をかけて確認し、つくりあげたものだ。電話をしてみたら2,200軒のリストのうち2,000軒はすでに活版印刷をやっておらず、残る200軒のうち、掲載可能だった印刷所は62軒だった。しかしこれは、ネットのなかだけで調べていては到底つくりあげることのできない貴重なリストだ。

この号に限らず、『デザインのひきだし』は徹底的に現場に足を運ぶ。そして港さんも、現場に足を運び、そうでなければ見出すことのできないものを写しとっている。

インターネットは便利で魅力的だ。わたし自身、十分すぎるほどに恩恵にあずかっているし、なかったら困るとも思う。そのなかに身を置いていると、インターネットでなんでもわかるような錯覚に陥りそうになってしまうが、「この世界で、ネットで検索できるものは実は少ない」のだ。そしてそこにこそ、これからの本や雑誌づくりのヒントがあるように思う。

「検索できないこと」
「検索しても意味のないこと」
「スキャンしてもまったく意味のない本」

電子書籍が注目を集める昨今、そういうものが、紙の本のひとつの方向性なのではないか。

「『デザインのひきだし』を作っていると、特殊なものが好きと思われがちだが、そうではない。いつの時代になっても、さまざまな印刷加工や素材のなかから、その本に一番合うものを選べればいいと思っている。そのためには、いまある技術を途絶えさせたくない」津田さんの言葉も胸に響く。

凸版・活版印刷にしても、そのほかの印刷加工法にしても、一度なくなってしまったら、復活させることは容易ではない。そのためには仕事が在りつづけることが必要だ。

「一人残っていればできるし、一カ所でも残っていればできるんだよね」
津田さんの話を受けた港さんのその言葉には、「残していくのだ!」という思いが込められているように感じた。


【関連書籍】

文字の母たち Le Voyage Typographique

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デザインのひきだし〈10〉特集 凸版・活版印刷でいくのだ!

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