活字直彫師・清水金之助 個展

6月28日(日)、大田文化の森の一室で活字直彫師・清水金之助さんの個展が行なわれると聞き、行ってきた。

活字直彫(活字地金彫、種字彫刻)とは、活版印刷で使われる活字のもととなる母型(凹型)を作るための、さらにもととなる種字(父型)を、鉛と錫の合金である活字材に左右逆字でじかに凸刻していく技術のことだ。昭和30年代に機械による母型彫刻が普及する以前は、種字は人の手によって彫られていた。マッチ棒ほどのごく小さな平面に、下書きもなしに、またたく間に逆字を彫り上げていく様子は、まさに「神業」。清水さんが文字を彫る様子をひと目でも見た人は、驚嘆の表情を浮かべる。わたし自身、清水さんの彫り姿を見るたびにいつも、「人間の手技のすごさ」ということを思い知らされる。


▲ずらりと並ぶ「鶴亀」。


▲かなはしなやかで勢いがあり、生きているかのよう。

昨日も清水さんは、13時の開場から閉場時間を過ぎた17時まで、休むことなく種字を彫り続けていた。ふだんと同じ格好でないとできないから、といつも自宅で使っている座卓の前に、床に座布団を敷いて直に座り、彫り続けた。熱心に清水さんの手元をのぞきこむ来場者に、「なんでも質問してくださいよ」とにこやかに話しかけながら。あまりに細かい作業なので、見ているほうがつい息を殺してしまい、質問するのが悪いような気になるのだが、清水さんは彫りながらでもどんどん答えてくれる。でも、手は休むことがない。

あんなに根を詰めていて疲れないのだろうかと思うが、肩こりなどまるでしないのだそうだ。
「清水さんは何時間彫っても、まったく肩がこらないんだって。肩がこるような人は向いてない、そういう人は辞めていくんだって言ってたよ」と、やはり会場にいらしてたトナンさん*1が教えてくれた。清水さんの話を聞けば聞くほど、清水さんには天性の才能があるのだな、この仕事に就くべくして就いた人、極めるべくして極めた人なのだなと思う。

会場には、清水さんが彫った種字の数々が展示されていたが、そこにわたしが最初に清水さんを取材した時の記事(『人間会議』の「職人の哲学」というシリーズ)のコピーが貼られていて、うれしかった。

うれしかったといえば、会場は人があふれ盛況だったのだが、若い人たちが清水さんのそばにくっついて熱心にその技に見入っていた光景に、なんだか胸が熱くなった。ひとりでも多くの人、特に、「手仕事の凄み」を見る機会が少なかったであろう若い人たちに、清水さんのことを知ってほしい、この技を見てほしいと思う。

清水金之助さん、御歳87歳。いまなお毎日種字を彫りつづけ、いまなお「日々巧くなっていると感じる」と言う。「このごろ彫った文字なんて、自分でも怖いぐらいだ」と。その手、手から生み出される文字、そしてなにより、清水さんの生きざまに、いつもわたしは元気をもらっている。

【過去に清水さんを取材した仕事】

  1. <職人の哲学>活字地金彫職人・清水金之助さんインタビュー - 雪景色 2006年12月
  2. 文字は語る「清水金之助さんに聞く 活字地金彫刻」 - 雪景色 2007年10月
  3. 『デザインのひきだし 6』で種字彫刻師・清水金之助さんにインタビュー。 - 雪景色 2008年10月

【4月、東京新聞に清水さん登場】

*1:トナンさん http://tonan.seesaa.net/