五十嵐威暢「マケット展」
南麻布design shop + galleryに五十嵐威暢「マケット展」を観に行ってきた。
彫刻家 五十嵐威暢の世界を身近に感じられる、作家初の試みとなる「マケット展」を開催します。本展は作家自身が製作過程に生み出した模型(=マケット)たちを作品として再解釈し、普段の大作とは別の、隠れた魅力を見出すものです。
(同展DMハガキより)
五十嵐さんは普段の制作のとき、スケッチを描かないのだという。心の準備が整うと直接、木やテラコッタ、金属、紙といった多彩な素材に向かい、実際に手を動かしてマケットを作るのだそうだ。
手を動かしてみると、即座に自分の方向性が間違っていることや、こうすればもっと理想に近づけることを、素材と手(体)が教えてくれます。この声のようなものが聞きたくて、マケットをつくるのだと思います。
マケットは素材といっしょにつくる表現のエッセンスで、私の分身だと思います。
(会場に掲示されていた五十嵐威暢さんの言葉より)
このとき、「綺麗に上手につくることも意図しない」。そういう欲に縛られることも避けたい、素朴なエッセンスのようなものが実現できるとそれだけで満足するのだという。
ちょうど会場にいらした五十嵐さんが、マケットについてじかに語ってくださった。
「マケットっていうのは一番純粋な状態なんだよね。この後、現実化するためにはさまざまな制約が出てくる。けれどマケットを作るときにはなにも制約がない」
いまこの会場にあるのは、つくりたい、という思いに突き動かされたそのままの、なんの欲にも条件にも縛られない純粋なかたちなのだ。
試作の模型であるから、きれいな仕上げがなされているわけではなく、ところどころに寸法や合番など制作のメモも書き込まれているし、接着のためのボンドも見えている。決して見た目をきちんと整えられてはいない。
けれども、きれいだな、と思った。「つくりたい」という純粋な気持ちに突き動かされた、その痕跡が。そしてまた、思考の痕跡に刺激を受け、自分も木や紙にふれたい、なにかつくりたいという思いがふつふつとわいてくる。創作意欲の連鎖。
これらのマケットは、実は販売されている(一部非売品を含む)。そのことに少し、驚いた。
なぜ五十嵐さんは、マケットを販売しようと思ったのだろう。
「ふだんぼくの彫刻は、企業がクライアントであることが多い。作品もとても大きくて、個人で購入したり、置けるものではないんだよね。けれどマケットなら小さいし、個人でもってもらうこともできる。だから今回展覧会をすることになった時にね、お礼のつもりもかねて、販売しようと考えたの」
そこにあるのは、展覧会に足を運んでくれた人、ふだん五十嵐さんの作品を見てくれている人への感謝の気持ち。
小さなサイズで作られたマケットは、とても愛らしく、身近に置きたいという思いに駆られる。五十嵐さんのその言葉を聞き、どうしても欲しくてたまらなくなり、波形に細くカットされた数種類の木を積層した小さなマケットをひとつ、購入した。光の当たり方によってさまざまな陰影が生まれ、表情が変わる。しみじみとうれしくなる愛らしさと美しさだ。数千円という、個人で購入しやすい価格もうれしかった*1。
購入特典でいただいた五十嵐さんの本に、こんな言葉が書かれていた。
子どもはコンセプトなんて持たない
変更はしょっちゅうで当たり前
スケッチしないし、模型もつくらない
前もって計画なんてないから、失敗自体が存在しない
素材とイメージに向かって突進し
上手につくろうなんて考えない
楽しくあそぶだけ
しかも、その結果は見事と言うしかない五十嵐威暢『あそぶ、つくる、くらす』ラトルズ,2008.3.25,P.21
五十嵐さんはいま、どんどん子どもに向かっている。
- 作者: 五十嵐威暢
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*1:気軽に手にしてもらいたいという五十嵐さんの意向によるもの。作品の大きさや素材により、価格は異なります。