あなたにとって、「生きる」とは?

前回のエントリーで書いたように、『デザインのひきだし』7号にて装丁家菊地信義さんの記事を執筆しました。せっかくなので、4年前にNHK「ようこそ先輩」という番組で菊地信義さんの回を拝見し、深く感銘を受けたときの文章を復活させてみます。

* * * *

(2005年10月25日の日記より)

10月19日に放映されたNHKの「課外授業 ようこそ先輩」は、装丁家菊地信義さんの小学6年生に対する授業でした。授業のテーマは「自分の『生きる』を表紙にする」。
http://www.nhk.or.jp/kagaijugyou/list/list1.html


自身の装丁作品を例に、装丁とはどういう仕事なのかをまず説明する菊地さん。「本のデザインは、言葉から湧き出るイメージをカタチにすること」だと子どもたちに話します。

そうして授業は第二段階へ。谷川俊太郎さんの詩「生きる」の冒頭7行を題材に、子どもたちに装丁に挑戦してもらうのです。

生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみすること
あなたと手をつなぐこと

「イメージを持つということはまさに生きる証なんです」だから菊地さんは、この詩を今回の題材に選んだのだと言います。

子どもたちの大半は、はじめ詩に出てくる言葉をそのままイラストにした表紙を作っていました。それを見た菊地さんはこう言います。

「表紙に(詩に出てくる)木や太陽をそのまま描いても、谷川さんがこの詩で言おうとしていることには届かない。谷川さんは君たちにものを考えている大きな鏡を与えてくれたんだ。もう1回、君たちなりにこの詩を読んできてくれないかな。自分にとって“生きる”とは何かを考えて表紙を作ってごらん」

そして、谷川俊太郎さんの詩の最後に、自分なりの“生きる”を1行の文章にして書いてくるよう、翌日までの宿題を出します。

「まさに“自分自身”を読んできてほしいんです。谷川さんが言っていることをそのまま絵にするんじゃダメなんだよ」

その日、子どもたちは一人ひとり、自分の心と向きあい、あるいは家族と話し合い、自分にとって“生きる”とはどういうことなのかを考え抜きます。そうして書いてきた1行の言葉、今度はそれを形にしてみようということで、2日目の授業が始まりました。

授業2日目。

子どもたちが一晩かかって考えた、自分にとっての1行は、たとえば次のようなものでした。

夜、朝起きられること。
すみきった空気をすうこと。
星がきれいだと思うこと。

それをもとに、子どもたちは改めて表紙を考え始めます。
「自分の気持ちを深く見つめ直すんだよ」
そうしてそれぞれが考えに考え抜いて描き上げた表紙の上に、自分の1行を書いた帯を巻きつけて、表紙は完成しました。

子どもたちは、すごかった。一生懸命に考えて、自分なりの表現をつくりあげて、それを改めて言葉にして、みんなの前で立派に発表していました。本当に、すごい。

できあがった作品を手にした子どもたちの顔は、誇らしげに輝いていました。がんばったね、と一人ひとりの頭をくしゃくしゃ撫でてあげたくなるような笑顔でした。

最後に、菊地さんは子どもたちに大きな宿題を残して去って行きました。
「自分らしさのイメージをこれからずっと、考えてください。“自分”は表に転がっているものじゃない。自分のなかに潜んでいるんです。それを読み出すこと、それが『生きる』ことなんだ」

そしてそれこそがまさに、「装丁」という仕事なんだ、と。

とても、とても素晴らしい授業でした。子どもたちのがんばる姿、子どもたちの良さを最大限に引き出す菊地さんの優しさ、装丁という仕事への真摯な姿勢。

そして、いろいろなことを考えさせてくれる授業でした。


「生きる」という詩に続ける、自分なりの1行。あなたなら、何を書きますか?


「きみというぬくもりを感じること。」
それが、わたしの1行です。

* * * *

ちなみに、この番組の内容はその後、書籍化されています。

みんなの「生きる」をデザインしよう

みんなの「生きる」をデザインしよう