仲條服部八丁目心中〜きらめくデザイナーの競演〜粟津潔展〜戦後の作家たち

ここのところ立て続けに、戦後日本のグラフィックデザインを築き上げてきた人々の作品を見る機会があった。1950年代以降のグラフィックデザイン作品を一堂に集めた見ごたえある展覧会があちこちで開催されていたのだ。

クリエイションギャラリーG8では1933年生まれの仲條正義氏と1964年生まれの服部一成氏によるポスター対決「仲條服部八丁目心中」。30歳の年齢差を感じさせない、抜群の切れ味を見せる刀を交えての真剣勝負。会場に貼りめぐらされた新作ポスターの数々が、刺激的な空間を築いていた。服部さんがアートディレクションしている平凡社の『月刊百科』表紙、猫の両目と鼻部分に「平」「凡」「社」の文字が当てられていて、なんともいえずかわいい。壁紙のように連続パターンとなって印刷された作品を前に、猫好きとしては悶絶せずにいられなかった。

ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)で行われていたのは「きらめくデザイナーたちの競演 DNPグラフィックデザインアーカイブ収蔵品展」。

戦後日本のグラフィックデザインの中でもとりわけ「ポスター」は、世界中が注目する豊かな表現と数多くの名作が生み出されてきました。名作として記憶される数々のポスターは、時には競い合う同じジェネレーションの中であらわされてきました。したがって、それぞれが単独のいわば一等星として輝いているばかりではなく、他の星と並ぶとき、それは互いに星座をつくりだし、その中での新たな輝きとして見えてきます。(略)

(フライヤーに掲載された、デザイン評論家 柏木博氏の文章より)

数あるポスターを一点ずつ展示するのではなく、二人ずつを組み合わせ、対比させるかたちで作品を配した展覧会。戦後まだ確立されていなかった「グラフィックデザイン」という新しい領域を生み出していく、時代の躍動感。圧倒的な力量。そしてそれがいかに確立されていき、生み出された新たな波はどんな弧を描き、飛沫を上げるのか。それぞれにきらめく個性をもち、より質の高い、力ある表現を目指して競い合った作品を対照して見ることで、日本のデザイン界に起きた大きなうねりのようなものを感じることができる。

対決するポスターはフライヤー裏面にもサムネイルとして印刷されているが、ほんものの迫力は縮小された印刷物からは伝わりきらない。ほんものと対峙してこそ感じることのできる熱量をぞんぶんに味わうことのできる、充実した展覧会だった。

さて、舞台は川崎へ。川崎市市民ミュージアムで常設展、企画展ともに魅力ある展示。

企画展は「複々製に進路をとれ 粟津潔60年の軌跡」*1

粟津潔(1929− )は、時代を先駆けてグラフィックデザインの分野を開拓した先駆者のひとりで、同時に、ペインティング、映像、環境デザインという領域においても幅広く活躍した芸術家です。そのジャンルを横断した稀有な活動は、戦後日本の芸術界に計り知れない影響力を及ぼしました。

市民ミュージアム開館20周年を記念する本展では、「複々製に進路をとれ」という、1960年代末から当時の芸術界に広まった言葉で、粟津自身が自身の活動を説明するのにも頻繁に使っていた言葉に着目し、粟津作品における「複製」と芸術における「複製」という問題を掘り下げ、粟津の60年間の活動と作品を再評価するとともに、複製芸術についていま一度見直そうという展覧会です。

粟津が芸術活動を始めた1940年代末から2000年までを、とりわけ1970年代に力点を置きながら出品、ジャンルを横断した活動を反映して、ポスター、版画、漫画、写真、映像、ペインティング、ブックデザインなどを網羅的に紹介します。

川崎市市民ミュージアム

さきの「きらめくデザイナーの競演」では数多くの作家の作品を並べることで、時代のうねりを浮き彫りにしていた。一方こちらの粟津潔展は、作家一人を深く掘り下げることにより、1940〜2000年という時代の激しい移ろいをあらわにしている。

それにしても、なんと圧倒的な表現力だろう。イラストレーション、シルクスクリーン、ペインティング……、さまざまな手法で生み出される作品が発する力ーーいわば作品の目力のようなもの(決して作品そのものに描かれている眼が発しているという意味ではなく)にただただ圧倒され、ひきつけられ、翻弄され、「グラフィックデザイン」の力を痛感させられた。

1977年に制作された「グラフィズム」という作品では、文字がいく度もいく度も、見えなくなるほどに重ねて刷られていた。その膨大な作業量の痕跡から発せられる思念のかたまりーー「集積に宿る力」の前に立ちすくむと同時に、その「いく度も版を重ねた痕跡」というマチエール*2は、残念ながら印刷物では消えてしまうだろうと思いながら、作品を何度も見上げた。

そうした膨大な作業量で圧倒する作品があるかと思えば、きわめてシンプルな表現のポスターもある。京都信用金庫の新支店の告知ポスターでは「これから よろしく。」というコピーがメインのグラフィックとして大きく配されていた。こういう潔い表現に出会うと、いま、わたしたちは、いろいろ言いたがりすぎなのではないかとつくづく思う。

1960年に行われた「日宣美展1953-59」のポスターに「アア あの夏の日々 みんな夢だった 若き熱情の時代よ!!」というコピーが刷られていた。粟津氏自身の年齢にかかわらず、どの時代の作品も「若き熱情」にあふれた展覧会だった。

企画展示室を出た後は、常設展「戦後の作家たち」を観る。永井一正氏の「LIFE」「I'm Here.」といったポスターが数多く展示されていた。ポスターはどれも執拗なまでに線を重ね、思念と熱情をこめられた作品で、繊細でありながら、力強く胸を打つ鋭さをも有している。作品集などで観ていたポスターの実物が一堂に会しており、うれしかった。常設展にはそのほか荒木経惟森山大道などの写真、つげ義春の漫画原画などが展示されていて、楽しかった。

「きらめくデザイナーたちの競演」は1月31日(土)、「仲條服部八丁目心中」は2月6日(金)までと会期があとわずかだが、川崎市市民ミュージアムの展示は「粟津潔展」は3月29日(日)、常設展「戦後の作家たち」は4月12日(日)まで。

ところで、川崎市市民ミュージアムには先日亡くなられた福田繁雄さんの立体作品が置かれている。見れば見るほど不思議な感覚に陥る作品だ。以前子どもと訪れた時、ひと目見るなり「おもしろーい!」と駆け寄って、しばらくそばを離れなかったことを思い出した。

*1:粟津デザイン室 http://www.kiyoshiawazu.com/

*2:マチエール:素材、ものの肌合い、表面の質感。