瀬尾まいこ『天国はまだ遠く』

実のところ、そんなに多く本を読むほうではない。けれどもある程度量のある、対象を掘り下げた原稿を身を削る思いで書いたあと、そのアウトプットによって空虚になったように感じる自分の中身を、いつも物語で埋めつくしたい衝動に駆られる。頭が疲れていることもあるかもしれない。するりと自分のなかに染みこんでくれるような物語を、無性に読みたくなるのだ。

瀬尾まいこさんの小説を読むのは、『図書館の神様』に次いで2冊目だ。今回読んだのは、『天国はまだ遠く』。ーー仕事も人間関係もうまくいかない。そんな日々を続けていくことがつくづく嫌になってしまった23歳の千鶴は、死ぬつもりで見知らぬ土地へ旅に出た。たどり着いたのは人里離れた山奥、ふだんめったにお客も来ない民宿。たしかに千鶴は自殺した。……つもりだった。自殺をあきらめた彼女は、大自然に囲まれた民宿で日々を過ごすうち、宿の主である田村さんのおおざっぱな優しさに癒されていく。そして、気づくのだ。自分の居場所はそこにはないことに。

とても優しくて、清々しい物語だ。千鶴の心が癒されていくように、読んでいる自分の心も洗われていく。千鶴が自殺をはかったことを除いては、大きな事件もなにもない。日々のおおらかなくらしを過ごすことが千鶴の再生のきっかけになり、そしてわたしは、彼女の再生を一緒に体験した。

千鶴に向かって、民宿の田村さんは言う。「あんたって、自分が思ってるんとは全然違うしな」と。「あんた、自分のこと繊細やとか、気が弱いとか言うとるけど、えらい率直やし、適当にわがままやし、ほんま気楽な人やで」。

そうなのだ。自分の顔をじかに見ることは決してできない、鏡を通して見ることしかできないように、自分のことは自分ではよくわからないものだ。人が変わるのに一番邪魔になるのは、自分自身が勝手に思い描いている「わたしって、こういう人」という思い込みだったりする。思い込みの壁は高くて厚い。……ということすら実は思い込みで、そこに「思い込み」があることに気づきさえすれば、軽々と越えられる壁だったりもするのだ、とつくづく思う。

あたたかくて心地よい時間を過ごせたことに感謝しながら、本を閉じた。

天国はまだ遠く (新潮文庫)

天国はまだ遠く (新潮文庫)