湯本香樹実の本

はずかしながら読書量があまり多くないわたしだが、好きな作家は何人かいる。そのうちのひとりが湯本香樹実さん。ゆえあって前に別の場所に書いた感想を引っ張りだしてみる。そういえば、酒井駒子さんとの絵本『くまとやまねこ』をまだ読んでいない。湯本香樹実さんの文章に酒井駒子さんの絵だなんて、夢のようなとりあわせすぎて、読んでしまうのがもったいないような、でも読みたい、不思議な気持ち。

2007/07/01 『西日の町』湯本香樹実

西日の町 (文春文庫)

西日の町 (文春文庫)

若い母と10歳の「僕」が身を寄せ合うように暮らしていた北九州の小さなアパートに、その人はある日ふらりと現れた。「てこじい」は、「僕」の祖父だ。少年と老人、父と娘、母と僕。その日から、さまざまな思いが交錯する。わかりやすい幸せには包まれてない暮らしのなかに、屈折した思いとことばの向こうに、やさしさがある。記憶が、命が、受け継がれていく。
読み終えたときのこの感じをどう表現してよいのか、実は自分のなかでまだ形になっていない。

母は夜更けに爪を切った。てこじいのうずくまっているそばで、ぱちん、ぱちんとゆっくり、できるだけ大きな音をたてて。

そうして始まるこの物語を、途中で閉じることができなかった。一気に読み終えてなお、いまこうして物語に思いを馳せている。湯本香樹美の作品を読んだのは、これが初めてだった。ほかの作品も読みたい。いま確かに言えるのは、それだけだ。

2007/07/09 『夏の庭』湯本香樹実

夏の庭―The Friends (新潮文庫)

夏の庭―The Friends (新潮文庫)

先日『西日の町』を読んで、この作家の小説をもっと読みたい!と彼女の一番の代表作『夏の庭』を遅まきながら借りてきた。

町外れに暮らすひとりの老人をぼくらは「観察」し始めた。生ける屍のような老人が死ぬ瞬間をこの目で見るために。

少年たちはおじいさんと過ごし、さまざまなことを学んでいく。洗濯物の干し方。包丁の使い方。アンマの仕方。老人にも幼かった時があり、現在までに積み重ねられた多くの経験と、思い出を持っているのだということ。ものの考え方。
少年と老人との邂逅、受け継がれる記憶と命。それは、この作家が追い続けているテーマらしい。自分のなかにもおじいさんの記憶が受け継がれたようなあたたかな思いと、清々しい読後感に包まれる物語だった。
そして今回もわたしは、読みはじめたが最後、結末まで一気に読んでしまった。遅読なわたしにはこんなことはほんとうにめずらしい。彼女の文体、人物像や情景、さらには物語の背景までもを感じさせる細やかな描写。そうして紡がれる世界が、とても好きだと思った。

ちなみにこの本、装画はドラフトの渡邉良重さん。

2007/08/23 『ポプラの秋』湯本香樹実

ポプラの秋 (新潮文庫)

ポプラの秋 (新潮文庫)

なんて清々しい読後感。湯本香樹実の本をここのところ立て続けに読んできたが、いずれも「老人と少年少女の邂逅、受け継がれる命と記憶」をテーマにしているなかで、『ポプラの秋』はきわだって清々しい物語だった。

ーー 少女は、死んだ父親に手紙を書き続ける。
書き上げては、それを配達してくれるという大家のおばあさんに託すのだ。
時は流れ、おばあさんが亡くなったと、すでに大人の女性となった少女のもとに知らせが入る ーー

「書くこと」は人の苦悩を、悲しみを浄化してくれる。混沌から抜け出す足がかりとなってくれる。
わたし自身、子どものころから、そのことで何度救われたかわからない。
わたしにとって「書くこと」は、自己表現の手段というよりなにより、自己救済の儀式だった。
読みながら、いく度もそのことを思い出した。