「展覧会ガイド」を考える

先月末に松屋銀座で開催されたナガオカケンメイさんの「デザイン物産展ニッポン」、そして現在ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)で開催中の平野敬子さん「デザインの起点と終点と起点」展は、「展覧会ガイドのあり方」についても考えられていた展覧会だった。

よくいろいろな展覧会を観に行くが、壁に掲示された長文の解説を読むのは、なかなか骨の折れる作業だと感じていた。そうした展示作品の解説(ガイド)のあり方に、この2つの展覧会は、新しい方法を提案していた。

ポッドキャストが土地の魅力を伝える一方で

「デザイン物産展ニッポン」でナガオカさんが活用したのはiPod touch(またはiPhone)だった。出展作品のみならず、日本全国をクルーがまわり、その作品を生み出した土地の美しい風景を写真におさめ、自らナレーションを吹き込んでポッドキャストを制作し、それを展覧会ガイドとした*1。よく美術館や博物館で見かける音声ガイドに、映像をプラスしたわけだ。

作品によってはその制作工程の動画を見ることもできて、目の前にあるこの作品はこの職人さんのこの手によって、このように作られているのかと理解を深めることができた。土地土地の美しい写真と、ていねいな仕事により作り出された出展作品とを併せ見ることにより、その土地を訪れたいという気持ちも強く喚起された。場に展示されたモノだけでなく、それを観た人を生産地へと結んでいくという、とても大きな役割を果たしていたと思う。

一方で気になったのは、せっかくの企画者本人=ナガオカさんによるナレーションが、基本的には展示作品に添えられたキャプションを読み上げたものだったこと。先に「よく美術館や博物館で見かける音声ガイドに、映像をプラスした」と書いたが、厳密に言えば実は違う。よく美術館や博物館で見かける音声ガイドというのは、キャプションをそのまま音声にしたものではなく、プラスαの情報、裏話などを聞かせてくれる「副音声」みたいな内容だ。ところが「デザイン物産展ニッポン」ポッドキャストのナレーションは、プラスαというよりは、キャプションと内容が大差なかっただけに、結果的にキャプションを読む手間を省くというような意味合いが強くなってしまったような気がする。

さらには、映像が入ったことで生産地への興味が喚起された部分があった反面、ポッドキャストを観ることばかりに夢中になってしまい、目の前に実物があるにも関わらず、iPod touchの小さな画面のなかで展示作品を観たことですっかり観た気になってしまって、実物をじっくりと眺めることがおざなりにされがちだったという面もあったように感じた。

そういう意味で、今回「デザイン物産展ニッポン」で用意された展覧会ガイドは、親切過ぎてしまったのかもしれない。

ミニマムなくらいがちょうどいい?

一方、「デザインの起点と終点と起点」展で平野敬子さんが採ったのは、全展示作品について自らの言葉で語った解説を1冊の本にまとめ、その本自体をインスタレーション作品の一部としながら、同時に来訪者への貸し出しも行なうという方法だった。

展示作品の横には展示ナンバーと作品名のキャプションが添えられているのみ。来訪者は解説が掲載された本ーー『WhiteBook』を自らの手に持ち、ある人は一つひとつの作品を観ながら、またある人は詳しく知りたい作品の前でのみ本を開き、平野さん自身の言葉によって、その作品にどのような思考の集積が込められているのかを読んでいく。

『WhiteBook』の情報量はとても多いので、ゆっくりと時間がとれない人は、その場ですべてを読むのは難しいかもしれない。けれども壁に掲示された解説を読む行為に比べ、自らの手のなかにある本というとても近しい距離で解説を読む行為は、身体的負担が少ない。それだけでなく、壁に掲示された解説を、同じ時間に居合わせた来訪者と共有しながら読む場合と違い、自分自身のペースで読みやすい。ビジュアルとして存在するのは作品実物のみ、解説として存在するのは『WhiteBook』のみであるので、『WhiteBook』だけを読んで展示品を観ないという事態に陥ることもない。「文章だけ」というミニマムな構成は、展覧会を観ながら活用するガイドとしては、ちょうどよい形なのかもしれない。

なにより、『WhiteBook』におさめられた平野さん自らの文章を読みながら作品を観ることにより、自分自身と平野さんの間に対話が生まれているかのような感覚が生まれたことが興味深かった。その後行なわれたトークショー永井一正氏が「どんなにマスコミュニケーションに向けたデザインであっても、見る時は1対1のコミュニケーションです。展覧会も、会場に足を運んでくれた人たちとの1対1のコミュニケーションと考えればいい」と話されているのを聞き、なるほど、だから「対話」を感じたのだと思った。

「観覧用のガイド」という提案

こうした2つの展覧会を通じて、「これからの展覧会ガイドのあり方」を漠然と考えていたところ、次の記事に出会った。
http://manyomakimono.blog118.fc2.com/blog-entry-67.html
筆者の小川靖彦氏は、展覧会を観る時には「展示図録を観覧前に購入して、その写真と実物を比較しながら、気づいたことを、書き込む」ようにしているのだそうだ。まずこの方法に、なるほど、と思った。どうしてその方法にいままで気がつかなかったんだろう、と*2

しかし小川氏によれば、2004年頃から国立の博物館を中心に、展示図録が質量ともに充実したものとなり、手に持って観覧することが難しくなってきているとのこと。そこで氏は、こんな提案をしている。

そこで、現在の詳細な展示図録に併せて、観覧用の薄手の図録(ないしパンフレット)を製作することを、博物館・美術館で展示図録の製作に関わる方々に、ご提案したく思います。

主な展示品のカラー写真と、展示品すべてについての簡単な解説を、薄手の1冊にまとめていただけると幸いです。
(略)
展覧会では、列品一覧表も配られていますが、多くは簡単なものです。この列品一覧表と、詳細な展示図録の中間に位置するような図録があれば、書き込みをするのにも好都合ですし、書き込みをしないにしても、観覧者の、展示品に対する理解も一層深まるに相違ありません。

http://manyomakimono.blog118.fc2.com/blog-entry-67.html

なるほど確かに、こういう展覧会ガイドがあったら便利そうだ。カラー写真が一番わかりやすいが、価格を押さえるために、観覧用ガイドではモノクロ写真でもよいと思う。カラー写真が欲しければ図録を購入すればよい*3

観覧する人が読みやすい形態で、自分のペースで見ることができて、メモも取りやすい、そんな展覧会ガイドが生まれてくれるとうれしいし、自分自身が展示を作る場合には、場所や予算の関係でガイド自体を工夫することは難しいかもしれないが、そういう視点を忘れないようにしたい。

*1:別メニューでテキスト解説も見ることができるようにはなっていた。

*2:いつも「展覧会を観てみて内容を気に入ったら図録を買おう」と考えていたので、メモが取りにくいなと思うことはあっても、「観覧前に図録を買う」というアイデアはまったく湧かなかったのですね。

*3:とはいえ小川氏のように肉眼では確認しづらい細部にわたり、作品を観たいという方がメモをするためには、カラーでなければ不便な部分もあるのかもしれないけれど。